【国会レポート】物づくりの蓄積に加えて人工知能が日本を強くする【2015年7号】

誰でも知っているように、衆議院でも参議院でも本会議場では国会議員は正面中央にある演壇で演説します。この本会議のテレビ中継を見れば、国会議員の演説ばかりか、演壇下のテーブルで2人あるいは4人の職員がペンを走らせているシーンも同時に目に飛び込んでくるはずです。職員たちはいったい何をしているのか。おそらく多くの皆さんは、演説を速記していると思うでしょう。実は職員は速記者ではありません。たんに議事進行をメモしているだけであって、衆議院でも参議院でももはや速記の仕事はないのです。

1890年(明治23年)に我が国に議会が開設されて以来、国会本会議・委員会の会議録の作成は手書きの速記によって行われてきました。それが2005年になって衆参両院は速記者の新規採用および養成を停止するとともに、別の新しい方法による会議録作成の模索を始めたのでした。その結果、参議院では2008年から議事の音声を職員が聴きながら直接パソコンに文字を打ち込んで議事録を作成する方法へと切り替え、衆議院は2011年から音声認識ソフトを用いた会議録作成システムを導入しました。参議院の方式は説明するまでもありませんので、衆議院の方式について述べると、これはすべての本会議・委員会の審議で発言者(国会議員等)のマイクから収録される音声を音声認識ソフトがパソコン上に書き起こして会議録を作成するというものです。

音声入力ソフトで議事録をつくる衆議院

音声認識ソフトは、京都大学の先生とNTTが共同開発して衆議院に納めたのですが、1年分の会議録テキストと約1000時間の審議音声を用いて音響・言語モデルを構築することで、導入当初から約90%の文字正解率を実現しました。

議事録の草稿を仕上げる時間についても速記時代と比べて格段に短くなりました。たとえば、私が衆議院の委員会で発言すると、それから20~30分後には、記録部から私のほうに「ここはどういう発言なのですか」という確認が来るのです。速記時代なら、そのような確認も3~4日後でした。

1人前の速記者の養成も18歳で採用してから数年かかりました。2年間速記の学校に通わせ、さらに実地で経験を積まなくてはならないからです。音声認識ソフトの導入で速記者養成の手間がなくなり、議事録作成の作業も効率化されたわけですが、音声認識ソフトは文字変換の実績を重ねれば重ねるほど精度が上がっていきますので、これもAI(人工知能)の一種といえます。つまりAI(人工知能)によって速記という非定型的な仕事が衆議院からなくなってしまったわけです。

これから起きる未来というのは衆議院の議事録作成がAI(人工知能)に置き換わったように自動車の運転、医療診断、法律相談などの非定型的な仕事、すなわち、これまでなら人がある程度知的に作業しないといけなかった領域もAI(人工知能)に置き換えられていくということです。

人間の顔がクレジットカードになる!

ところで、このAI(人工知能)については最近、飛躍的な進歩が起こりました。コンピューターには大人よりも子供にできることをするのが難しいのです。たとえば、生まれたばかりの赤ちゃんは最初、お母さんと他の人の顔を見分けられません。しかしお母さんの顔に慣れ親しんでいくうちに、お母さんの顔がわかるようになります。この過程をコンピューターで再現するのは困難だったのですが、試行錯誤を繰り返しながら「解」を見つけ出していくという新たな段階のAI(人工知能)が開発され、今やコンピューターも人の顔を見分けられるようになったのです。

この画像認識の精度はすでに実用化段階に入っていて、人間を超えるまでになりました。ですから応用の1つとして、クレジットカードのサイン代わりに顔認証を使うということが考えられています。たとえば、消費者がスーパーで商品を買うとき、商品を持ってスーパーの外に出たとたん、顔認証でクレジットカード決済をすることも可能なのです。これは自分の顔がクレジットカードになるということにほかなりません。

新しい失業時代における政治の課題とは?

2000年代は定型的な仕事が情報機器や機械に置き換わって若い人たちを中心に大量の失業者が出るようになりました。そして、2010年代には少子化が進んだことと特に団塊世代全員が65歳を超え完全に退職したことで労働力の需給が逼迫してきました。

一方、人手が足りないからといって、外国人労働者に頼ろうとすると、我が国は中国に対して劣位になるでしょう。中国に対して優位であり続けたいのであれば、日本の全体の産業構造を圧倒的に強いレベルに持っていかなければなりません。日本にはそのことを実現するための条件は整っています。すべての領域で精度の高い部品を製造でき、国内で部品から完成品まで一貫して製造することもできる世界でも数少ない国だからです。

とすれば、工場の工作機械から製造ラインまで、自ら試行錯誤を繰り返して「解」を見つけるAI(人工知能)を導入すると、工場は自ら作業の練度を上げていくことのできる生産現場に生まれ変わることになります。このことが日本を再び世界最強の物づくり立国へ導いていくと確信しています。

また、AI(人工知能)やロボットなどによって人手不足を補うこともできます。ただし、それは人にしかできなかったことがAI(人工知能)やロボットに置き換えられていくということですから、2020年代にはもう1度、2000年代に起きたような失業が起きるでしょう。それを前提とするなら、産業人材の育成や教育システムの見直し、労働法制の変更、さらに富が一極に集中する恐れがあるので、富の分配をどうするかということも課題になります。したがって、ここ5年間はそれらの課題に対処するための準備期間と位置付けることができるでしょう。