【国会レポート】安保法制の議論で隠れている日本の製造業強化という課題【2015年5号】
目下、日本の政治の焦点は安全保障法制です。法案を提出した政府によればこの安保法制は合憲(憲法9条に違反していない)ということですが、国会議員の私でさえ専門家の説明を受けてようやく合憲とする政府の論拠が分かったくらいです(論拠の内容がわかっただけであって、それが正しいかどうかは別問題)。また、この安保法制の議論では、国会の人的資源の大部分が投入されています。
看過すれば日本の国際競争力は低下する
安全保障の議論も重要ですが、私自身は、「日本企業の国際競争力をどう引き上げていくか」について、国会で今取り上げなければならないと考えています。円の為替相場は今年、13年ぶりに1ドル125円台まで下がりました。実効実質為替レートで42年振りの円安水準です。ドル換算のGDP(国内総生産)は円安で大幅に減少して、世界の中での日本の存在感は随分と小さくなってしまいました。安全保障の根幹を支えるのは国力、つまりGDPの大きさでもあるのです。
ドイツのインダストリー4.0という発想
今、ドイツでは製造業全体として先進的な取り組みを行っていて、「インダストリー4.0」という構想を展開しています。4.0は歴史的には蒸気機関による自動化(1.0)、電力の活用(2.0)、コンピューターによる自動化(3.0)に続くものです。その狙いはドイツの製造業の競争力強化を図るためITを活用した生産の効率化やサプライチェーンの最適化を進めることであり、背景にはドイツの少子高齢化による労働人口の減少、米国に対するドイツ製造業の存在感の低下などが挙げられます。少子高齢化で付言すると、4.0は若年層が少ない産業構造に対応してドイツの豊かさを継続させようとするものです。
この構想にはSAP(サップ)、ベンツ、BMW、シーメンス、ボッシュなど日本でもよく知られている有名企業をはじめドイツの主要企業がすべて参加しており、まずこれらの企業をネットワークで結んで製品の設計、生産、生産管理、販売・保守までを共通化したプラットフォームを構築しようとしています。このプラットフォームができると、例えば消費者が「フォルクスワーゲンにポルシェのシートカバーを付けたい」と要望すると、そのような車が自動的に生産されるようになると言われています。
しかもドイツは国際戦略としてそのプラットフォームを国際標準化することを狙っています。これに成功すると、中国やインド、ブラジルなどにそのプラットフォームを導入できて、それらの国でドイツ流の生産方式が定着することになります。例えば中国に進出した日本企業はこれまで、中国工場の中国人従業員の技能を従来通りに上げることによって製品の品質を確保してきました。ところが、国際標準化したプラットフォームを使うことで従業員の技能を向上させなくても一定品質の製品ができるようになるのです。つまり、技能の高い従業員の雇用や、従業員の技能を向上させる研修なども不要になり生産コストも安くなります。言うまでもなく、これは日本の優位性を脅かします。
最高収益で危機感が希薄化する恐れ
日本は長期の雇用と取引を前提として設計や製造をチームワークで行うことで、自動車に代表されるように競争力のある製品をつくり出してきました。そのため、意識することなく「日本的な設計思想」も出来上がったのです。例えば自動車を開発する場合、素材メーカーや部品メーカーも設計の段階から開発に参加し、優れた製品をつくるという「日本的な設計思想」が自然と定着しました。しかし、グローバルな展開となると各国の生産拠点ごとに各社独特の「日本的な設計思想」を定着させていくのは困難です。
一方、ドイツのインダストリー4.0は、設計から製造、販売、保守までを前述の標準化したプラットフォームに乗せて、あらゆる企業が参加できるようにする試みと言えます。つまりネットワーク化による最適化がインダストリー4.0であり、それを支えているのがシステム化という発想です。
以上を言い換えるとこうなります。すなわち、日本は会社間の信頼関係を前提として部品の性能を極め、その組み合わせの最適化を図ることで競争力のある製品(完成品)をつくってきました。この日本的な優位性をドイツ流のシステム発想のインダストリー4.0が揺るがすということです。
また、インダストリー4.0にはドイツ独特の労使関係も影響していると言えるでしょう。ドイツには、労働者の企業経営への参加を定めた共同決定法があり、これによってドイツ企業では経営陣の半分を労働組合出身者が占めています。その結果、ドイツ企業では雇用を守るためにはどういう経営戦略を取ればいいかを優先する傾向があります。同様に国としても、どのような産業構造に持っていけば雇用が守られるかをいつも考えています。
埼玉県にもドイツ企業の日本工場があるのですが、そこに部品を納入している日本企業の経営者によれば、「2008年のリーマンショックの後、日本工場の責任者から『ドイツでの雇用を守らなくてはならないから、御社への発注量を半分にする』と言われた」とのことでした。日本にも以前は労使協調の文化があって、労使ともに良い会社をつくろうという思いが強かったと思います。その前提で常に品質向上運動を職場で行い、国際競争力を維持してきました。この文化が衰えてきたことも、インダストリー4.0が日本の優位性を崩す1つの要因となりうるわけです。
さて、日本の大手輸出企業は円安で最高収益を上げています。経営者が自分の実力だと勘違いすると、企業の改革と革新が遅れ、ドイツの動きに取り残されるのではないでしょうか。そうなったら、日本では、言わば工業のガラパゴス化が進んでしまいます。私も産業競争力の優位性を保つために、製造業に人工知能やビックデータを活用し、ドイツのインダストリー4.0を超えた製造システムを構築することで世界をリードできるよう、産業政策に力を尽くしていきます。