【国会レポート】無理のある安保法制の憲法解釈 周辺有事には現実的に対応する【2015年4号】

首相官邸の首相執務室は独特の雰囲気があります。そこで日本の最高権力者である内閣総理大臣の意にそぐわない意見を申し上げるには、与党の議員にとって勇気が必要です。ましてや党のトップでもある首相は、選挙の際の公認権も資金も握っています。また、官僚も時の政権に仕えるのが仕事という意識が醸成されていますので、首相の意向を実現するために奔走します。しかも、内閣人事局が設置され、官邸が幹部官僚の人事権まで握っていますので、中央官庁にとって首相の意向は絶対となります。

首相個人の思い入れが深い安保法制

なぜ最初にこんな話をしたかというと、今回の安全保障法制は安倍首相個人の強い思いから法制化を目指すことになったと考えるからです。つまり、安保法制は現政権のテーマというよりも首相独自のテーマです。政府与党は首相の意に沿って、これまで歴代の内閣が丁寧に積み上げてきた憲法9条の解釈を超えて、憲法違反のリスクを冒すような複雑な憲法解釈を示してまで、安保法制を成立させようしていると思えます。私も専門家の説明を受け、ようやく政府が合憲とする論理を理解できたのでした。率直に言って無理があります。

憲法解釈の限界を超えた安保法制

現政権は昨年、日本国憲法第9条の解釈において集団的自衛権を認める閣議決定を行いました。集団的自衛権を認めることは、今回の安保法制を成立させるための前提になっています。最初に現政権が集団的自衛権を認めさせるために挙げた具体的な理由は、日本の原油の輸入はその80%が中東のホルムズ海峡を通るタンカーに依存しているので、ホルムズ海峡が封鎖されるような恐れが出る場合に備えなければならないというものでした。しかし、ホルムズ海峡への依存度が同じく85%の韓国も76%のフィリピンも73%の台湾も、ホルムズ海峡を守るために武力行使をするなどということは聞いたことがありません。

従来の内閣の見解では「集団的自衛権は認められないものの、自衛隊と日米安保条約は受け入れられる」というのが憲法9条解釈の限界なのです。その限界にまで至った後、歴代内閣はけっして集団的自衛権を認めるような解釈には及ぼうとしませんでした。ところが、現政権は、昨年7月の閣議決定で、これまでの憲法解釈を変更して集団的自衛権を認め、他国への武力行使を可能とする新要件を打ち出してきました。このことを憲法学者は憲法解釈の限界を超えており憲法違反であると指摘しています。別の言い方をすれば、本来は国会議員の3分の2で発議し国民投票で改憲すべき手続き(憲法96条)を省略して、たった一つの閣議決定で憲法を改正してしまったかのようです。

憲法9条に「武力行使の新要件」が新たな項目として追加されたと考えると理解しやすいのではないでしょうか。つまり、憲法9条1項「戦争の放棄」、2項「戦力の不保持」と「交戦権の否認」、そして新たに第3項目として安倍首相のこだわる「武力行使の新要件」が閣議決定で追加されたのです。しかし憲法改正は改正手続きを定めた憲法96条に則って行うべきであります。憲法は権力を預かっていない国民が、権力を預かっている者、すなわち政治家と公務員に課した制約なのです。6月4日に開かれた衆議院憲法審査会で各党が推薦する参考人3人全員が「政府の安保法制は憲法違反」という見解を述べたのです。私も同じ憲法審査会で「砂川判決についても昭和47年の政府見解についてもすなおに読むべきであって、そこから集団的自衛権を認める憲法解釈を導き出すには無理がある」と主張したのでした。

我が国の安全保障については近くはより現実的に対応する

確かに、フィリピンの沖合の南シナ海では中国がサンゴ礁を埋め立てて戦闘機が飛ばせるような基地を建設しています。また、金正恩体制の北朝鮮も政情が不安定になっているようです。日本政府は日本周辺で有事が起きたときへの日本の対応措置を定めた周辺事態法を制定しています。国と国との関係では緊張感が高まっているので、今後、細かい状況の変化を見据えてより現実的な対応ができるように周辺事態法を改正してより現実的に対応することを私たちは視野に入れています。

また、民主党は領域警備法を提案しています。これは尖閣諸島や離島などに国籍不明の武装集団が上陸した場合に、最初は海上保安庁などの警察権力で対応していていきますが、もし武装集団が重火器などの強力な武器を持っていた場合、自衛隊が出動するというものです。要するに、朝鮮半島有事には周辺事態法の充実で、尖閣諸島や離島を守るためには領域警備法で現実的な対応を行い、一方で日本から遠いホルムズ海峡などには従来通り抑制的に対応すべきと考えます。

戦後の防衛を現実的に転換した民主党

実は民主党政権は戦後日本の防衛の考え方を初めて大きく変えた政権でもあるのです。それまでは旧ソ連が仮想敵国でしたので、陸上自衛隊の主力は北海道に置かれていました。しかし冷戦は終わっており、旧ソ連の継承国であるロシアはもはや日本に対する軍事的脅威ではなくなったという判断から「動的防衛力」という考え方を打ち出して、自衛隊の兵力を北から沖縄を中心とする南西地域へと効果的・能動的に活用できるようにしました。このような現実的な対応はそれまでの政権ではできなかったことです。そして、現在もその考え方は引き継がれています。その結果、北海道に配置されていた陸上自衛隊などは、九州・沖縄方面に機動的に運用できるようになりました。そのうえで領域警備法があれば、他国が尖閣諸島を脅かしても、日米同盟と相まって十分に対抗できるのです。