【国会レポート】「コメ」は安全保障の戦略物資【2025年3号】
私の選挙区には、大宮台地と荒川の堤防に守られた地域とがあります。大宮台地の地域は、稲作には適さず、古くから麦文化が根付き、昭和の時代は、自宅を訪れた来客に家長が手打ちうどんをふるまうことがもてなしとされていました。一方、旧吹上町や旧川里町、そして鴻巣市では糠田や笠原などは、大宮台地の上にはなく、広い区画の圃場(田んぼ)が確保でき、荒川の堤防に守られた水田地帯で、水量にも恵まれ、稲作が盛んに行われています。
しかし、昨年秋の稲刈りの季節に米農家の方々に伺うと、カメムシ被害(稲穂を出し始めた時に花実の中身を吸汁する)や高温障害で収量が半分以下の農家もありました。埼玉県の作況指数は97で「やや不良」と発表されましたが、それでも現場の実感とは大きな隔たりがありました。さらに、米余りを前提に、政府は、飼料用米・加工用米・米粉用米への用途転換や、麦・大豆への転作に補助金を支給しているため、食用米よりもこれらの品目の作付けを優先してきた大規模農家も少なくありません。
加えて、年間3700万人が訪日して平均9日の滞在は、国内人口に換算して約 90 万人の人口増に相当し、総人口の純減55万人を上回ります。転作誘導と高温障害、害虫被害による供給減が重なり、需給が逼迫して米価は高騰しました。備蓄米を放出しても価格が下がらなかったのは、物流停滞ではなく「絶対量の不足」が原因だったと考えます。鉄鋼会社で販売計画を作成していた際、営業に精通している課長から、「供給量が需要の3%を超えて増減すると価格は暴騰暴落する」と教わった経験則が、まさに米でも当てはまりました。
米価を安定させるには
米価が 2,000 円なのか 4,000 円なのか、どの水準が適正か判断に迷うところです。新型感染症の流行期には、外食需要の減少と訪日外国人客の激減により、米価は大幅に下落しました。その後、ロシアによるウクライナ侵攻で麦の価格が上昇し始めた頃も、米価はまだ低水準にとどまっていたため、パンや麺を控え、米食に切り替える家庭が多く見られました。しかし、米価が 4,000 円を超えると、主食を米からパスタやパンへ移行する家庭が増えています。
それにもかかわらず、現在の日本にはリアルタイムに全国統一の米価を示す市場は存在していません。江戸時代には、大坂・堂島米会所が、世界初の先物取引所として米価を決めていました。この市場では、各地の年貢米を担保にした証券(米切手)が売買され、多様な参加者の思惑が価格に反映されることで取引の安定とリスク分散が図られていました。 現在、米価を決める指標は存在しません。
このため、広く流通業者から生産者までが活用できる価格指標を確立するには、流動性の高い先物・指数先物市場を育成し、市場メカニズムで米価を決定する仕組みを整えることが望ましいとの議論があります。現行の「相対取引価格」は実勢を把握する統計値にとどまり、価格変動リスクをヘッジする機能、つまり米価の暴騰や暴落を防ぐ機能は限られています。
米価高騰で見えてきた政策転換
トランプ大統領が掲げる「製造業回帰」の問題提起は、さまざまな示唆を含んでいます。国家の自立を下支えするのは、価値創造の源である製造業と、人々の命を支える農業です。ロシアは 2014 年のクリミア侵攻後の制裁下で農業と製造業の国内回帰を進め、長期戦にも耐えています。気候変動で小麦や大豆の輸入が滞る事態を想定すれば、他国に頼らず国民を養える食料確保は独立国の最低条件です。
さて、生産コストは圃場面積に大きく左右されます。田植機やコンバイン、乾燥設備などの減価償却負担を考えると、値上がり前の米価であれば、転作奨励のための交付金を最大限活用しつつ米麦専業で家計を支えるには、20~30ヘクタール(1ヘクタールはサッカー場の約1.4倍程度)が必要と聞きます。10 ヘクタール規模では、野菜や施設栽培を組み合わせてようやく黒字化できる水準です。先祖伝来の田んぼを守るため、採算が取れなくても、退職金を投じて設備を更新する農家も少なくありません。地元で大きくない圃場を目にするたびに頭の下がる思いです。
米の政策は、今回の米価高騰を契機として、転換期にあることが明確になりました。政策の一つの考え方として、米を市況品と位置づけ、価格形成を市場に委ねる仕組みを整備することが考えられます。まず、価格変動リスクを需給の当事者がヘッジ(回避)できるよう 米先物市場を恒久的に再整備します。そして、 衛星やドローンの画像を活用した収穫量予測を高度化して、作況指数発表より早期に収量を推定できるようにすることで、市場参加者の需給見通しの共有が進み、投機的な価格変動を抑制できるようにします。
それでも 天候不順などで国内米の店頭価格(5 kg換算)が4,000円を超える際には、関税外枠に課される 1 kgあたり341円の従量税を負担してでも海外産米を調達する選択肢が現実となりました。実際、2025年7月31日、イオンが米国産カルローズ種(4 kg)を国内米の価格下落にともなって値下げして、2,138円(5 kg換算で約2,673円)で販売することが報じられました。さらに、輸入小麦が相対的に割安な局面では、消費が米飯からパン・麺類へ移行しやすく、こうした需要シフトは「米離れ」を加速させ、市場に任せることは、結果として主食の海外依存度を高めるリスクがあります。
もう一つは、米は、食料安全保障の要であり、海外からの食糧供給が途絶えても日本に暮らす人々が飢えないように、収量を確保し、小麦に代替されない価格維持に努める政策が必要です。その際の米価は、麺やパン食よりも競争力のある価格であるべきで、その米価でも採算が取れる大規模な圃場面積を持つ農家での供給が十分でない場合は、採算ベースに乗らない小さな農家に対しては農業者戸別所得補償制度など財政的な補助を行うことも必要です。
今年(2025年)の6、7月の欧州大陸では、気温が40度を超える異常高温が連続し、異常気象というより新常態になっています。小麦や大豆が今後も安定供給が続くかは分かりません。主食を自給できないと外交でも強くは交渉できません。私は、食糧や防衛装備品など安全保障については、自国生産が基本と考えます。食料供給においては、国際価格変動と国内気象リスクという不確実性に備え、備蓄拡充、高温や水害に強い耐暑・耐湿品種の開発普及、生産地域の多様化を進めます。どんな気象条件でも、主食である米については、安定した価格で、需要に応じて供給できる体制を整備することが国の責務と考え、取り組みを強化します。
