【国会レポート】契約社会を揺るがす保険業法改正の問題点【2003年6号】

6月12日の衆院本会議において「保険業法改「正案」が与党の賛成多数で可決されました。今国会中に参議院でも可決され7月中にも施行される見通しになっています。

この法律は、生命保険会社が、保険商品を販売した時点で契約者に約束した運用利回り(予定利率)を、後に引き下げることができるというものです。この引き下げにあたっては、生命保険会社の経営破綻を避けるためという建前の下、個別の生命保険会社が政府に申請し契約者の総代会で了承を得ることが義務づけられています。

しかし本来なら、一人ひとりの契約者の同意を取り付けなければならないはずですが、そうしないのですから、実際上は、生命保険会社による一方的な引き下げになってしまいます。

言い換えれば、この法律は、最初の契約の内容を当事者の一方が後で勝手に変えてもいいということを国が認めるものなのです。とすれば、契約の内容を守らなくてはいけないという契約社会の大原則が崩れてしまいますし、そういう意識が社会に広まっていったら大変なことになります。たとえば、最初に施主と工務店との間で「3000万円で家を建てる」という契約を結び、家が完成した後に施主が「金がなくなったから1500万円にしてくれ」と言っても通用するとしたら、社会生活は大混乱に陥ってしまうでしょう。

今回の「保険業法改正案」が出てきたのは、バブルの時期にどの生命保険会社も終身保険などで5.5%の運用利回りの保険商品を数多く売ったのですが、超低金利時代になった今、5.5%の運用利回りだと経営破綻してしまう生命保険会社がいっぱい出てくるという心配からです。

生命保険会社の経営とは

けれども、私の保険会社時代の経験からすると、本来、生命保険会社の経営には大きなリスクは伴わないと思います(私は19年間サラリーマン生活のうち最初の14年間は鉄鋼会社、後の5年間は生命保険会社でした)。

その理由の一つは、どの生命保険会社も使っている「生命表」(年齢ごとの死亡者数の表)の特性です。皆さんが生命保険に入る場合、健康診断を受けるのが原則ですから、もともと不健康な人は生命保険に入れません。しかし、生命保険会社の「生命表」は健康な人だけではなくて健康診断に通らないような不健康な人も含めて算出されていて、実際の保険加入者の死亡率よりもかなり高くなっています。つまり、実際は低い死亡率なのに、高い死亡率をベースにすることで、生命保険会社の保険金支払いのリスクはより低くなり経営が安定化するのです。

もう一つの理由は、統計資料を見ると、予定利率と国債の長期利回りとはまったく同じなので、基本的に国債を買って運用していれば予定利率は確保できるのです。

したがって、生命保険会社の経営者が、過剰に利潤追求したり自社の総資産を大きくして威張りたいと思わないで固く経営していれば絶対潰れることはないのですが、バブル期に経営のタガが緩んでしまって、生命保険会社が破綻するような今日の事態を招いてしまったのです。

助け合いの精神が流れている保険商品

生命保険の根底にあるのは「助け合いの精神」です。昔は村社会や大家族の中でお互いに助け合って生きていたので、介護保険も健康保険も私的な生命保険も必要ありませんでした。それが工業社会になって家族の単位が小さくなったために、お金を出し合ってお互い支え合おうということから始まったのが生命保険なのです。助け合いの精神がベースにあるだけに生命保険には他の金融商品と違って温かい気持ちが込められているのです。この点も今回の法律の議論では無視されてしまい、むしろ冷たい金融商品として生命保険がとらえられています。

私は所属の厚生労働委員会で法案審議に携わってきましたが、「保険業法改正案」に対する危機感から、今回、財務金融委員会で初めての質間を竹中大臣に対して行いました。質問の要点は、「破綻しそうになった生命保険会社の経営者の責任はどう問うのか」「生命保険会社の経営革新はできるのか」「本来、生命保険は温かい金融商品だから、その観点からの今後の対応、特に病気になってしまった契約者の保険金額が削減されることへの対応をきちんとしてほしい」といったことです。

竹中大臣は神妙な態度で答弁し、「経営革新をする」と断言しましたが、審議後、今回の改正案は改革に逆行するものではないかと話し掛けると、苦笑いするばかりでした。竹中大臣も内心では今回の法案はひどいと思っているのでしょう。

失敗の責任はきちんと追及すべきだ

ともあれ、予定利率の引き下げに関連して生命保険会社の経営者の責任追及は法律に銘記されませんでした。現在の経営者だけではなくて、バブル時代の見通しの甘かった経営者にも何らかの形で責任を問うべきだと思います。政府による金融機関の救済や特殊法人改革などにおいても、経営者あるいは代表者の責任追及はほとんどなされてきませんでした。村社会ならそれでもいいかもしれませんが、このグローバル化した時代、責任の所在を曖昧にしたままでは日本の国力は減衰していくばかりでしょうし、社会のモラルも失われてしまいます。

名著『失敗の本質』(中公文庫)は、旧日本軍には作戦失敗の責任を取らない構造ができていたことを指摘しています。例えば、インパール作戦の牟田口中将やノモンハン事件・ガタルカナル島作戦の辻参謀などは、作戦失敗の責任を取るどころか、要職に復帰したり、出世したりしています。辻参謀に至っては戦犯を逃れるために終戦直後から逃避行をした挙げ句、1950年代には国会議員にもなってしまいました。

こうした責任を曖昧にする構造が、今の日本の官僚組織や企業組織にも色濃く残っているのではないでしょうか。象徴的な例が、武藤現日本銀行副総裁。いわゆる「大蔵省ノーパンしゃぶしゃぶ事件」のときの官房長で、管理責任を問われて一時的に降格したものの、いつの間にか復帰して大蔵省・財務省の事務次官にまで登りつめ、今や日銀副総裁の地位にあるのです。

責任を取らない社会を放置すれば、やはり官僚組織や企業組織も旧日本軍のように崩壊していくでしょうし、日本社会そのものも崩れてしまいます。責任者にはやはり責任を取ってもらわなくてはなりません。