【国会レポート】政治と外交に不可欠な議題設定と優先順位付け【2004年6号】

5月22日、小泉純一郎首相は約1年8ヶ月ぶりに2度目の訪朝を行いました。その結果、拉致被害者の家族5名の帰国は実現したわけですが、残念ながらそれ以外には一国の首相による外交の成果として評価すべきものはなかったと言わざるを得ません。言葉を変えれば、今回の訪朝では、「一体何を目的にしたものなのか」ということと「政策課題の中で何を最優先にするのか」ということ、つまり「議題設定」と「優先順位付け」が欠落していたのです。

交渉には用意周到な準備が必要だ

議題設定と優先順位付けがなかったのは前回、平成14年9月17日の訪朝にも当てはまります。あのとき、日本と北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)とは「日朝平壌宣言(ピョンヤン宣言)」を出しましたが、両国首脳の交渉の場では、事前に用意されたピョンヤン宣言の文言の修正はまったく行われませんでした。本来、小泉首相は金正日総書記との直接交渉の場で、事前に用意された文言の一字一句を自国に有利なように修正して成果を勝ち取っていくべきだったのです。そのためには、相手方の弱点を十分に把握しておく、あるいは、交渉の場でこちらの主張が通らなかったら席を立って帰ってくるということまで含めて、用意周到な準備を重ねておかなければなりません。裏を返せば、まさしく議題設定と優先順位付けをしておくということなのです。それを怠ったために、結局、約1年8ヶ月の間、ピョンヤン宣言は何ら実効性のあるものにはならなかったのでした。

ビジネスの世界でも同様のことが言えます。例えば、企業同士の合併交渉だと、合併相手の企業については新聞に載っていないことまで細かく調べておかなければなりません。もしそれで相手企業がまだ表に出ていない多額の負債を抱えているという情報を得たら、それを交渉の場で自社に有利になるように使うわけです。善し悪しの問題ではありません。それが交渉事というものでしょう。

外交はお人好しにはけっしてできない

アメリカのニクソン大統領は中国と交渉して米中の国交回復を実現しましたが、中国の周恩来首相との交渉は非常に厳しいものでした。自国の利益を確保するために激しくやり合いながら共同声明の文言を一字一句詰めていったのです。私がサラリーマン時代に読んだ本に「ニクソンはものすごく猜疑心が強い人間だ。彼は家族しか信じなかった。その猜疑心がアメリカの「国益を守った」という記述がありました。外交交渉というのはお人好しではできないのです。

今回の訪朝での小泉首相は金総書記と会って帰ってきただけで、とても外交交渉とは呼べるものではありません。国際社会に「日本は外交をするに値しない国だ」という印象を与えてしまったと思います。その不信を拭うには非常に長い時間がかかるでしょう。

重ねて言うと、外交も含めて政治には議題設定と優先順位付けが不可欠なのです。今回の訪朝の場合、その目的が「拉致被害者の家族8人を返す交渉」「拉致問題の全面解決に向けての協議」「国交正常化の一段階」「核問題やミサイル問題の解決のための協議」のうちのどれだったのか、あるいは他のことだったのか、まったく分かりません。議題(アジェンダ)設定と優先順位付けの欠如しています。

政治家は自ら時代の指針となるべし

4年前、議員になる前のサラリーマン時代には世界経済や景気動向がだいたい頭の中に入っていて、世の中の動きには非常に敏感に能動的に反応していました。ところが、先日、NHKのテレビ番組で、NATO(北太西洋条約機構)の枠組みから離れたEU(ヨーロッパ共同体)の軍隊がアフリカに平和維持活動に行っていることや、ドイツのシュレーダー首相の代理でフランスのシラク大統領が国際会議に出ているという映像を観て、サラリーマン時代とは違い、世の中の動きから遅れてしまっているのではないかと深く反省させられました。

この6月で衆議院議員になって丸4年になりますが、何もしなくても官僚が情報を届けてくれレクチャーにも来てくれるので、情報に対して国会議員は受け身になりがちなのです。官僚の持ってくる情報は膨大ですが、その情報が正しいかどうかは、結局、自分で判断しなければなりません。そのためには、つねに世の中の動きを把握しておく必要があります。官僚の情報を鵜呑みにしていると、政治家自身が官僚化してしまうのです。

また、政治家は今を生きるだけではなく、むしろ自ら時代の指針にならなければなりません。これからの日本には大きな困難が待ち受けています。それを乗り切るには、外交の面では日本はアジア諸国との厚い友好関係を築いていくことが不可欠だと思います。

文化交流を通じてアジアの平和を維持する

私は妻と一緒に毎週テレビで韓国ドラマ「冬のソナタ」を観ているのですが、この人気ドラマの影響力で多くの人たちがハングルの勉強を始めたり韓国に旅行に行くようになっています。これまで日本人にとっては、距離的には近いものの心理的には遠い国だった韓国がぐっと身近になってきているのです。

日本人は戦後ずっとアメリカ映画を観てきましたが、それによって国民の間にアメリカへの信頼感やアメリカ志向が醸成されてきました。同様に、他のアジアの国々ともテレビドラマや映画作品など文化面での交流を通じて共通の文化的土壌を形成していくことがお互いの信頼感を高め、アジアの平和維持にも寄与していくのだと思います。