【国会レポート】数々の大きな問題が横たわる政府の郵政民営化【2005年5号】
政治の世界では今、郵政民営化問題が大きな焦点になっているものの、国民はほとんど関心を向けていません。もし郵政民営化によって、借り換えで金利の低い住宅ローンが利用できる、銀行よりも有利な条件で中小企業に融資してくれる、あるいは郵便料金が下がる、といったことが明確に見えていれば国民も関心を持つでしょう。しかし実際には、そうした生活への直接的な影響がないため、郵政民営化には国民の関心が薄いのです。
郵政の本質的な改革にはつながっていない
そもそもなぜ郵政事業改革が叫ばれるようなったかと言えば、国の信用によって郵便貯金と簡易保険に集まった資金(現在は約350兆円)が財投(財政投融資制度)の財源となり、それが道路公団など特殊法人の非効率な事業に浪費されてきたからです。そこで、この非効率な資金利用を改める有力手法の一つだとされたのが郵政民営化でした。
財投とは、郵貯、簡保、国民年金、厚生年金など国の制度と信用で集めた資金を財源として政府が特殊法人などに資金を供給する仕組みですが、日本が経済成長を続けていた20年くらい前までは高速道路建設なども経済発展につながりそれなりにうまく機能していたと考えます。
逆に言うと、もし日本の高度経済成長が減速し始めた時点で郵政を民営化していれば、財投の非効率な資金利用もなくなったでしょう。現実には、民営化どころか、政治家が「郵貯や簡保をどんどん集めろ」とアクセルを踏み続けたためにますます財投にお金が集まって、それが余計な公共事業に使われ続けてきたのです。
もっとも財投も一応、2001年4月に改革され、特殊法人が資金調達をする際には財投ではなく財投機関債を発行するという形には変わりました。けれども、郵政事業で集めた資金が特殊法人に流れていくという構造は変わっていません。本質的な改革は行われていないわけです。
政府が郵政民営化法案を国会に提出
政府は4月27日に臨時閣議を開いて、日本郵政公社を民営化するための郵政民営化関連6法案を決定し、国会に提出しました。
これらの法案がそのまま国会を通ると、郵政事業は以下のようになるとされています。
①2007年4月に日本郵政公社は解散し、国が100%出資する持ち株会社の下に、窓口ネットワーク会社(郵便局を管理)、郵便事業会社(郵便・物流業)、郵便貯金銀行(銀行業)、郵便保険会社(生命保険業)に4分社化される。
②窓口業務は、郵便、貯金、保険の3社が窓口会社に委託するが、利用者は従来通りのサービスを郵便局で受けられる。
③民営化前に預けた定額貯金や積立貯金など定期性の貯金は、新設される独立行政法人に引き継がれ、全額を政府が保証する。その一方、新規の郵便貯金や郵便保険に対する政府保証はなくなり、民間と同様に、預金保険や保険の契約者保護基金で保護される。
④完全民営化する2017年4月の後は貯金などの限度額がなくなり、業務範囲も民間銀行や保険会社と同じになる予定(その結果、郵便局は郵便や金融、小売りなどさまざまなサービスを受けられる地域の拠点となる可能性がある)。
ビジネスモデルとして成り立たない
ともあれ、今回の郵政民営化法案では、郵便貯金銀行と郵便保険会社という全国にネットワークを巡らせた巨大銀行、巨大保険会社が出現することになります。
私も郵便局員さんとお付き合いしていますが、皆さん、とても真面目に仕事をしており、地域の事情も本当によく理解しています。郵便受けが家のどこにあるのか、どこにどんな人が住んでいるのか、どういう家族構成なのかといった生きたデータ、つまり1億2千7百万人の国民の個人情報を実は郵便局員さんは持っているのです。ですから、民営化した郵貯銀行や郵保会社の社員(元郵便局員)が本気になって営業したら非常に強い集団になります。この郵政民営化法案の第一の問題は、郵貯銀行や郵保会社が地域の既存の銀行や保険会社を営業で圧倒してしまうということです。私が海外の投資家でしたら民営化後のこの販売力を手中に収めようとするでしょう。
関連して第二の問題は、郵便局の持っている国民の情報がきちんと保護されるかどうかということです。郵便局員さんは公務員ですので安心して例えば保険の相談などしている方も多いと思います。民営化後は、公務員としての守秘義務はなくなります。まず民営化の際に国民の情報が外部に漏れるようなことがあってはなりません。また、全国的なネットワークを持つ郵貯銀行や郵保会社と提携したがっている国内外の金融機関は多いのですが、一方的な提携を結んでしまって国民の情報が悪用されないかも心配です。情報管理については見過ごされているので、私は党内で問題点を指摘し議論を喚起しています。
第三の問題。郵貯と簡保の約350兆円という巨額な資金をうまく運用できるかということです。結論から言えば、現在、これほど巨額な資金の運用先は国債(財投機関債、政府保証債も含む)くらいしかないでしょう。約350兆円という金額は東京証券取引所第一部上場の全株式の時価総額(今年5月末時点で約356兆円)に匹敵するので、日本の株式市場での運用は無理です。この資金はやはり財投機関債に向けられるか、或いは、米国債など海外に向かってしまい、住宅ローンの借り換えや中小企業への融資にはつながらないでしょう。であれば、そもそも今回の郵政民営化には意味がないのです。
要するに、民営化後、郵貯銀行や郵保会社が集めた資金が民間に流れていくという保証がないうえに、たんに巨大銀行や巨大保険会社ができるというのであれば、今回の郵政民営化は郵政事業改革にはほど遠いものだと言えます。
資金の流れを「官」から「民」へするには
そもそも、郵政民営化の目的は、資金の流れを「官」から「民」に替えることです。日本独特の制度である郵貯や簡保は、財政投融資の役割が終わった20年前(私はプラザ合意が時代の転機と考えています)でしたら民営化も正しいかったと思います。しかし、4大銀行や4大生保に匹敵するまでに肥大化した資産を無理な民営化でリスクに晒すことが正しいとは思えません。財政投融資の歴史的な使命が終わっているのにも拘わらずこれまで郵貯簡保の販売圧力をかけ過ぎたことの責任を政府にしっかりと取ってもらったうえで、郵貯簡保を縮小し、将来的には廃止して行くことが、民間に資金を還流させるあるべき姿と考えています。