【国会レポート】構造計算書の偽造事件はなぜ起こったのか【2005年11号】

周知のように、姉歯秀次という一級建築士が構造計算書を偽造したために震度5程度の地震で倒壊する恐れのあるマンションやホテルが建設されていたことが判明し、目下、日本中で大騒ぎになっています。発端は11月17日に国土交通省が「20件の建築物について姉歯建築設計事務所が構造計算書を偽造している可能性があると、建築確認検査を行ったイーホームズから報告があった」と発表したことでした。

複数の検査の中で見逃されてきた

今回は専門的な用語が出てきますので、それについては右の囲みをご覧いただくとして、要するに、マンションなどを建てる場合、工事を始める前に、行政の建築主事または指定確認検査機関に対して建築確認申請(構造計算書を添付)を行って建築確認を受けなければなりません。しかも、その後にも工事中の中間検査、工事完了後の完了検査が実施されます。

今回の事件での最大の問題点は、何段階もの検査があるのに、なぜ構造計算書の偽造を見逃して多くのマンションやホテルが建設されてしまったのかということでしょう。

構造計算はパソコンで行われるのが一般的です。ほとんどの構造計算ソフトは国交大臣認定を取っており、今回の事件で使われたのも認定を取っているソフトでした。ソフト自体に偽造する機能が付いているわけではないし、これまでは一級建築士が偽造するなど誰も想定していなかったのでした。

しかし、建築士の中で構造計算ができるのはほんの一握りの人間だと言われています。というのも、構造計算は非常に難しいし、たとえば木造3階建の住宅の構造計算だけでも書類が100ページを軽く超えてしまうくらい煩雑であるほか、構造計算ソフトの値段も1本百数十万円するからです。

今回の事件に関連する専門用語

<構造計算>

建築物は重力(自重)、地震、風力など建築物の外部から加わる力に対して安全でなくてはなりません。そこで、安全のために必要な壁の厚さ、柱や梁の寸法、鉄筋の太さや本数などを計算して求めます。これが「構造計算」です。

<建築確認申請>

建物を建てる前には、その建築計画を行政(都道府県または市区町村)の建築主事に申請し、建築基準法や関連法令に適合しているかどうか、確認を受けなければなりません。これを「建築確認申請」と呼びます。その際、木造2階建平屋建等を除いて、必ず構造計算を記した構造計算書を添付する義務があります。申請は本来、施主が行うものですが、建築士やハウスメーカーなどに代行してもらうのが一般的です。

<指定確認検査機関>

従来、工事前の建築確認申請や工事完了後の検査業務は行政の建築主事のみが行ってきたのですが、平成10年5月施行の改正建築基準法によって、国土交通大臣か都道府県知事の指定を受けた民間機関にもこの業務への参入が認められました。その民間機関が「指定確認検査機関」です。

能力のない検査機関は廃業すべし

国民の生命と財産を守るのが国だとよく言われますが、まさに構造計算書の偽造は国民の生命と財産に関わる非常に由々しき事件です。

11月29日に衆議院国土交通委員会は今回の事件関係者を6人招致して参考人質疑を行いました(肝心の姉歯建築士が精神の不安定を理由に欠席したのは残念でした)。

その中で、指定確認検査機関であるイーホームズの藤田東吾社長は「建築主から申請があった場合、21日以内に確認を下ろさなければならない。建築行政の経験者が多数業務に当っており確認検査業務は適正に実施している」とした上で「構造計算書の偽造を見逃したことは結果的に申し訳ないが、他機関でも見抜けなかった(自治体でも見逃す事例が出ている)」と述べていました。しかし、これはまったくの開き直りに聞えます。

私は鉄鋼会社にいたとき、製品出荷時の検査によく立ち会ったのですが、検査機関から来た検査員は経験と直感で不良品を見抜く鋭さを持っていました。今回、構造計算書の偽造を見抜けなかったのは検査する能力のない人が担当したからでしょう。構造計算書の偽造を見抜くのがまさに指定確認検査機関の役目なのであって、その能力のある人材がいなければ廃業すべきです。当然ながら、そのようないい加減なところを指定確認検査機関にしてしまった行政の責任も強く問われなければなりません。

また、平成10年5月施行の改正建築基準法によって民間の指定確認検査機関が生まれたのですが、この建築基準法の改正は、何でも規制緩和して市場開放せよというアメリカの圧力の結果だったという見方もあります。規制緩和に馴染むかどうかという点から現在の指定確認検査機関のあり方ももう一度検証する必要があるでしょう。

鉄鋼の価格の世界的な暴騰も背景にある

さらに、先日、私の地元の不動産や建設関係企業の社長さんたちと意見交換をしたとき、「団塊世代のジュニアが住宅を買っているから、今、マンションや戸建てのブームが起こっているんですよ。それもあと5、6年かな」という話を聞きました。つまり、住宅需要が旺盛な中での今回の事件の場合、その原因について別の側面からも考えてみる必要があると思うのです。

構造計算書の偽造で建設されたマンションではコンクリートの中に入れる鉄筋の数が少なかったわけです。ここ数年、中国での鋼材需要が爆発的に伸びてきたため世界的に鋼材の需給が非常にきつくなっていて、鉄筋も含めて鋼材全体の価格が暴騰していました。本来なら材料代が高くなればその分を価格に転嫁すればいいのですが、今は物価も給料も上がらないので、マンション価格も上げられなくなっています。ですから、鉄筋価格が暴騰しているのにそれをマンション価格に転嫁できないとすれば、鉄筋そのものを減らすという、あってはならないことが起ったのです。今のところ、この鋼材価格の面からの報道はほとんど行われていません。

私の地元の建設関係者は「構造計算書の偽造なんて考えられない。同じ業界にこれほど低い倫理感の持ち主がいるとは思わなかった」と驚いていましたが、現状の検査システムの抜本的な見直しや性急な民営化の再検討のほか、今回のように国の検査システムの不備で欠陥マンションを買わされてしまった人たちをどう救済す。るかなど、政治はこれから全力を挙げて問題解決に取り組んでいかなければなりません。