【国会レポート】政治家に求められるのは行政の問題点を見つけるセンスだ【2007年6号】

今回の参院選では消えた年金問題が焦点になりましたので、この問題を政と官の関係で考えてみたいと思います。消えた年金問題を指摘したのは野党である民主党の国会議員でした。しかし、野党に比べれば与党の持っている行政の情報は膨大ですから、本来、与党の政治家が今回の年金問題をいち早く見つけて解決に動き出すことができたのではないでしょうか。

なぜできなかったのか。それは行政の問題点に気付くというセンスを一つの政権が長く続くと政治家が失ってしまうか、あるいは退化してしまうからだと思います。これまで与党の政治家は法律作りを全面的に官僚機構に依存してきました。つまり、官僚との緊張関係が消え、そのために政治家としてのセンスもなくしてしまったのです。

今回の社会保険庁への対応にもその緊張感のなさが表れています。「社保庁を廃止して日本年金機構を設立し、その業務運営の基本となるべき事項等を定める」という社保庁改革関連法案は、5000万件もの年金記録消失問題が浮上する以前に作られましたが、それにまったく修正が加えられずに成立してしまったのです。

言い換えれば、膨大な年金記録を消してしまった社保庁には組織面で大きな欠陥があるのですから、本来ならその欠陥の解決が図られるような法律にしなければなりません。ところが、与党はそういう努力を何ら行わなかったわけで、日本年金機構へと名称を変更しても組織的な欠陥が残っていれば、また年金で何か問題を引き起こす可能性が高いのではないでしょうか。

どんな体制の国にも不可欠なのが官僚制度

社保庁のこれまでの仕事ぶりに国民から厳しい批判が集まっているのですが、これは同時に官僚をコントロールできなかった政治家の責任が問われる象徴的な問題でもあります。つまり、社保庁の仕事ぶりを放置し、さらに社保庁改革関連法で組織の欠陥が修正されなかったという意味では、やはり政治家が官僚を統治できなかったケースと言えます。

現代の国家では民主国家、独裁国家、資本主義国家、共産主義国家、先進国、発展途上国を問わず官僚制度が不可欠であり、とりわけ規模の大きい国家ほどその問題点もまた大きくなりがちです。よく「大きな政府か小さな政府か」という議論がありますが、これも要するに官僚制度をどのような規模や機能にするかという問題にほかなりません。

キッシンジャーが鋭く指摘する官僚の特徴

日本人には、官僚制度があまり表に出ていないように見えるアメリカでさえも、政治家にとっては官僚をどうコントロールするかが非常に大きな問題なのです。ハーバード大学教授などを経て、1969年からニクソン政権とフォード政権で国家安全保障担当大統領補佐官や国務長官を務め、ノーベル平和賞も受賞したヘンリー・キッシンジャーは、回顧録の『キッシンジャー秘録』で次のように述べています。

・官僚たちは、同意しない命令を実行に移す時は、のろのろしているものだが、彼らが賛成し、しかも変更になるかもしれないと心配している指示を実行する素早さといったら、あきれるほどだ。

・官庁というものは決定が逆転不可能であり、工夫をこらした曲解や情報漏れという手を使っても変更できないことがわかったとたん、すばらしい機関になり、有能、能率、思慮を発揮する。

以上の記述には私も強く同感します。議員活動の中で日常的に付き合っている日本の官僚たちにも同じ側面があることに加えて、私自身、大企業で働いた経験からもキッシンジャーの言わんとしているところが非常によく理解できるのです。

官僚たちは、政治家の意図に従わないで自分たちがやりたい方向に政治家を誘導していこうとします。そのように政治家のコントロールが利かないのが官僚主導の政治なのですが、これまでの特殊法人の独立行政法人化や今回の社保庁改革で行われたのがまさにそれだったと言えるでしょう。「同意しない命令を実行に移す時は、のろのろし」、「工夫をこらした曲解」が行われていたのだと思います。

だからこそ、政治家には断固とした態度で官僚を動かしていく努力が欠かせません。つまり、政治家は「決定が逆転不可能」だと官僚にわからせて、「有能、能率、思慮を発揮する」ように持っていく必要があります。

また、年金記録消失の責任を取るということで、政府では総理大臣、内閣官房長官、厚生労働大臣、社保庁長官などが賞与の一部あるいは全部の返上を決めたほか、社保庁の職員にも賞

与の一部の自主返上を奨励しました。しかし私は、政治家の責任の取り方とは賞与を返上することではなく、その職を辞するかどうかという出処進退によるべきだと思います。それこそ、政治家に求められることでしょう。

優先順位の高い政策から先に実行すべきだ

なお、キッシンジャーは同じ著書で次のようにも述べています。

・上級職にいると、いろいろ多忙なので、問題がただ先に延ばされただけのことなのに、回避できたかのように思い込みがちであり、たいていの場合、ここから危機を招来する。

3年前の参院選の時にも国民年金未納の問題が起こり、年金制度の抜本的な改革が叫ばれていました。あの時期に国民年金、厚生年金、共済年金を統合するなど抜本的な改革を断行していれば、年金記録消失の問題もより早く発覚して、今ごろはもっときちんとした年金制度が整備されつつあったでしょう。

ところが、その後、小泉首相が衆議院を解散してまで行ったのは年金制度改革ではなく郵政民営化でした。「郵政民営化は改革の本丸だ」という主張でしたが、残念ながら、“本丸”の郵政民営化が他の改革に目に見える形で波及していったという現実も印象もまったくありません。

郵政民営化によってこんな大きなプラスの変化があったと言われる方がいたら、ぜひ教えてほしいものです。

政治家は優先順位の高い政策から先に実行すべきだというのが私の持論ですが、年金制度改革について言えば、結局、最近に至るまで「問題がただ先に延ばされただけのことなのに、回避できたかのように思い込みがち」だったということではないでしょうか。

3年前の時点でやはり年金制度の抜本的な改革に取り組むべきでした。その後に郵政民営化に取り組んでもけっして遅くなかったに違いありません。