【国会レポート】基本的な考え方に問題がある後期高齢者医療制度【2008年3号】

この4月から後期高齢者医療制度がスタートしました。皆さん、よく御存知のように、新しい保険証が送られてこなかったり、年金から保険料が天引きされるようになったということで、制度の対象となる75歳以上の高齢者を大きな不安に陥れています。その点について政府は説明不足を強調しているのですが、私は事務的な面での説明不足などよりも、制度の基本的な考え方そのものに問題があると思います。

後期高齢者医療制度は75歳以上の高齢者を下の世代から切り離して設けられた医療保険制度です。つまり、本来、医療保険制度というのは助け合いの精神によって年齢にかかわらず支え合っていくべきなのに75歳以上の方々を若い世代から切り離してしまったのでした。

その根底には、医療費のかかる75歳以上の高齢者だけで公的医療保険を運用すべきという基本的な考え方があって、そこに私は制度設計の誤りがあると思うのです。

高齢者の医療費が膨らむことへの大きな懸念

なぜこのような制度ができたと言うと、若い世代よりも高齢者の世代のほうが医療費がかさみ、このままでは公的な医療保険制度が破綻するのではないかという大きな懸念を政府が持ったからでした。

もちろん、そういう懸念は以前からあったため、1983年に創設されたのが老人保健制度です。これも75歳以上が使う医療費を別枠にした制度で、その財源には対象者が払う保険料のほか、国民健康保険(国保)と企業の健康保険組合(健保組合)からの支援金や税金が投入されてきました。

後期高齢者医療制度にも同様に国保と健保組合からの支援金と税金が投入されます。だから、「老人保健制度と変わらない。違うのは、会社員の子供に扶養されている75歳以上の人が自分で保険料を払うようになったことくらいだ」と主張する人がいます。

老人保険制度と後期高齢者医療制度とが違わないというのなら、では、どうしてわざわざ老人保険制度を後期高齢者医療制度に切り替えたのでしょうか。

家族の助け合いを否定するような制度だ

実は、後期高齢者医療制度においては2年ごとに保険料の見直しが行われます。75歳以上の高齢者の医療費が増えた場合、そのまま高齢者の支払う保険料のアップになって跳ね返ってくるのです。

要するに、これは「保険料を上げたくなかったら、高齢者自身が医療費を減らす努力をせよ(医者にかかるな)」ということにほかなりません。しかも、年金からの天引きには、否応なく保険料を取り立てるという姿勢が如実に表れています。

また、今まで家族の扶養となっていて保険料を払わなくてもよかった方々も75歳以上になれば自ら保険料を払わなくてはならないという点については、そこにまさに高齢者の医療保険だけを切り離そうという基本的な考え方が明確に打ち出されていると思うのです。

私のサラリーマンの友人も、後期高齢者医療制度の対象であるお母様について「母の保険料を払うのは息子として当然だと思っていたけれども、今度から母に直接払わせるのかと思うと気が重い」と言っていました。この点からすれば、後期高齢者医療制度は、家族同士の助け合い、あるいは子供の親に対する孝行を否定するような側面があります。それが後期高齢者医療制度に対する反発心をさらに強く掻き立てているのではないでしょうか。

政府としてもこの点には特にやましさを感じているのでしょう。2008年度の前半は扶養されている高齢者から保険料を徴収せず、後半も9割減額する特例を設けたのでした。

強者による強者のための制度

後期高齢者医療制度は2006年に導入が決まったのですが、それを推進したのが小泉政権時代の経済財政諮問会議で、財政面から、高齢者の医療費が膨らむことによる医療保険制度の破綻を強調していたのでした。

この会議は、「経済財政政策に関し、有識者の意見を十分に反映させつつ、内閣総理大臣のリーダーシップを十全に発揮することを目的として、内閣府に設置される合議制機関」で、メンバーは議長(内閣総理大臣)を含めて合計11名以内で構成されます。内閣官房長官、財務大臣、総務大臣、経済産業大臣などのほか、民間の有識者(日本銀行総裁、大企業経営者、学者など)も加わります。

いずれにせよメンバーには社会的弱者はおらず、皆さん、強者ばかりです。言い換えれば、たとえ公的年金がなくても老後を暮らしていける人たちなのです(国会議員の年金は2006年4月に廃止されました。当時の経済財政諮問会議メンバーの大臣には受給資格がありますが、廃止時に議員在職10年に満たなかった私には今後も受給資格はありません)。そういう人たちが「高齢者の医療費が増えるのはけしからん」と考えて、後期高齢者医療制度を導入するように働きかけていったのでした。そこにあるのは、「財政が厳しいから、膨らんでいる高齢者の医療費をできるだけ減らせ」という財政優先の考えしかありません。

いわば、高齢者の医療よりも財政を優先する強者の強者による強者のための制度なのです。

お世話になった方々を支える気持ちが大切

そのような財政優先の考え方だけでいいのでしょうか。

今の75歳の高齢者は終戦時には12歳くらいでした(もっと年上の方は戦場にも行きました)。戦争で空襲を受けたり疎開したりし、多感な時期に敗戦を迎えて価値観の大転換を目の当たりにしました。そして、戦後の食料不足の時代を生き抜き、高度経済成長期には日本の発展のために一生懸命に働いた方々なのです。下の世代がお世話になったのは言うまでもありません。

そういう方々に「医者にかかるな」などと言えるのでしょうか。医療費についても、高齢者の医療費をまず削るという発想が先にあるのではなく、下の世代がどこまで支えることができるのかという観点からも考え直さなくてはなりません。世代間で助け合っていけるような制度を新しく創設していくべきと考えます。