【国会レポート】シェールガス革命が世界の政治と経済を変える【2012年7号】
2年ほど前、ジャーナリストの友人から「米国で採掘されるシェールガスが世界の政治と経済を変えるよ」と聞かされました。今まさにシェールガス革命とも呼ばれるエネルギーの大きな構造変化が米国を中心に進行しつつあります。
シェールガスついて、大手エンジニアリング会社のエネルギー専門家に話を伺いました。その方は、社長のアドバイザーとして世界中を飛び回ってシェールガスを含むエネルギー問題について調査しています。以下はその方の話も参考にしての私の見解です。
世界一となった米国の天然ガス生産
シェールガスとは泥岩の一種であるシェール(頁岩・けつがん)に含まれている天然ガスです。このガスは地下のシェール(頁岩)の微細な割れ目に閉じ込められています。以前からシェールガスの存在は確認されていたのですが、採掘が困難とされてほとんど手つかずになっていました。それが2000年代に入って、高圧の水を当てることでシェールに大きな割れ目を入れてガスを取り出す技術が米国で確立されました。この技術によって比較的低いコストで採掘できるようになったのです。
シェールガスは米国(埋蔵量24兆立方メートル)、中国(36兆立方メートル)、カナダ、ヨーロッパなど広い地域に分布しています。これまで私はてっきり「シェールガスは米国でしか採れない」と思い込んでいたので、中国でもシェールガスが採れて、しかも埋蔵量が米国を上回っているのには驚きでした。残念ながら日本では産出しません。
とはいえ、シェールガスの採掘が最も進んでいるのは米国で、シェールガス生産は2010年には米国の天然ガス生産の23%を占めるまでに増加しました。米国はすでに2009年に天然ガス生産量でロシアを抜いて世界一となっており、2035年には米国のシェールガスは国内の天然ガス生産の46%を占めると予測されています。
製造業の米国への回帰も促している
シェールガスの生産増によって米国では天然ガスの価格が以前の5分の1にまで下がってきました。それが原油価格の上昇も押さえています。シェールガスによるエネルギー価格の低下は米国でのエネルギーコストを引き下げるばかりか、海外に出ていた米国企業を呼び戻すものともなっています。その動きが特に顕著なのが化学工業です。
化学工業で生産されるエチレンは合成樹脂や合成繊維の基礎原料で、他の素材と反応させることによって塩化ビニール、ポリエチレン、界面活性剤などに変わります。さらに加工するとスーパーの買い物袋や衣料品、液晶テレビの部品など多様な製品をつくることができます。
エチレンは一般的にはナフサ(粗製ガソリン)を分解してつくるのですが、米国ではシェールガスの価格が割安になったことからシェールガスを原料とするエチレン工場の増設が続いています。
しかも、シェールガスとエチレン工場増設で米国産のエチレン価格もさらに下がるため、これに付随して関連の石油化学工業の企業も同じく米国に戻ってきたり、あるいは操業を止めていた工場が復活したりしています。シェールガスの大量生産は、空洞化していた米国の製造業を米国回帰へと促しているのです。
これから想定されるシナリオ
以上から今後、いくつかのシナリオが考えられます。
まず他国で米国向け生産ラインを持っている企業の多くが、米国内ならシェールガスでプラスチックなどの化学製品の価格も安くなると考えて、その生産ラインを米国に移す恐れも高くなります。
次に石油輸出国をメンバーとするOPEC(石油輸出国機構)が機能しなくなるということです。OPECでは石油価格が低いときには原油の産出量を減らして石油価格を上げてきたのですが、シェールガスでエネルギー価格が下がるとこのOPECの石油カルテルはもう機能しなくなると想定されます。
さらに米国も国内でエネルギーが賄えることで中近東の重要性が失われると考えれば、軍事力を中近東に展開する必要もなくなり、そのためイスラエルとアラブ諸国のバランスが崩れて中近東が政情不安に陥るという懸念も出てくると思います。
加えて中国の台頭です。中国はこれまで経済発展に伴うエネルギー不足を補うために世界中のエネルギーの権益を押さえてきました。けれども、国内で大量のシェールガスが出るとなると内需主導での経済発展が可能となり、中国は強い国になります。中国が台頭すれば、米国から見て日本の戦略的な重要性はさらに増すと考えられます。
日本の従来の経済発展モデルが変わる
米国や中国という日本の主要輸出国が自国内でエネルギーを手当てできるようになれば、従来の日本の経済発展モデルも変わらざるを得なくなります。この経済発展モデルとは、発展途上国から輸入した資源やエネルギーを使って国内で生産、加工した製品を先進国や中進国に輸出して、その対価でエネルギーや食料を輸入し、富を蓄積するというものです。
つまり、米国や中国はエネルギーを手当できることによって自国で製品を生産、加工したほうがコストが安くなるため、日本から輸入する必要性が減っていくことになります。そうすると従来の日本の経済発展モデルが揺らぐことが想定されます。
一方、我が国のエネルギー(石油・石炭・天然ガス等)の輸入金額を見ると20年前の1992年には約7兆円でした。それがリーマン・ショックが起こった2008年には約28兆円にまで増え、最新の2011年でも約22兆円です。この巨額のエネルギーコストは我が国に大きな負担を強いています。
例えば、財貨の輸出入の収支である貿易統計は、2011年は31年ぶりに赤字に転落しました(▲1兆6千億円)。今年上半期もその傾向は続いており半期ベースでは過去最大となりました(▲約3兆円)。マイナスになった最大の要因は、エネルギー輸入額の増大です。
エネルギーコストを抑える国家戦略を
貿易収支の赤字は我が国の富が海外に流出していることにほかなりません。それを防ぐにはやはりエネルギーコストを軽減することが重要です。エネルギーコストが軽減できれば、その軽減分は企業の利潤となって設備投資や従業員の給料アップにも回せるでしょう。
いずれにせよ、今後、我が国としては国家戦略としてエネルギー購入額を抑えていかなければなりません。そこで、今のように円が非常に強いうちにシュールガスの権益はもちろん泥炭や褐炭などあまり注目されていない安い石炭資源なども確保していくことが重要です。
また目下、我が国の石油化学や商社などの民間企業は米国だけでなく世界各地でシェールガスの採掘に関わるようになっています。政府としても各種エネルギー資源の権益を手に入れる方向で民間企業をバックアップする必要があり、私もそれを進めるようさらに働きかけています。