【国会レポート】私心なく仕事することの大切さ【2010年7号】

今回、菅政権の内閣改造に伴って私も内閣府副大臣を辞し、これからは、内閣部門会議と公務員制度改革プロジェクトチームの座長として民主党内で政策や法案の取りまとめを行うことになりました。

政府で手がけた仕事は公務員制度改革、消費者政策、沖縄振興、防災、宇宙、PKO(国連平和維持活動)、自殺対策、男女共同参画、子育て支援などきわめて多岐にわたり、しかも、その多くが各省庁間の横断的な案件でしたので、霞が関(役所)及び永田町(議員会館)に私から出向いて調整を行う仕事が中心となりました。

その結果、政府の成長戦略の中にも私の提起した施策がいくつも入ったのですが、私の様に多くの所管を持ち、かつ多様な調整業務に携わった副大臣はいないと、仕えてくれた官僚から聞いたことがあります。

今までも本レポートで政府での仕事について報告してきましたが、多岐にわたった仕事の全容はとても紹介し切れません。まだ紹介していない仕事については今後も折りに触れて報告していきたいと思います。

政権交代後、マスコミはまだ意識的には評価していないのですが、この1年間、大臣・副大臣・政務官という政務三役が役所を動かすようになって、明らかに日本の政治は変わりました。その証拠に、自民党政権の時代にはまったく注目されなかった副大臣や政務官の人事が、今ではマスコミでも大きく取り上げられるようになっています。この政務三役による政治はもう後には戻らないと思います。

先を読んで前もって問題を処理しておく

政府での1年間、私がどのような心構えで仕事に当たったかを記しておきましょう。副大臣の仕事では、先を読みながらできるだけ前もって問題を処理しておくべきと心掛けました。そうしないと問題がこじれて、その解決に多大な労力と時間が余計にかかってしまうからです。しかも、それは他の仕事に向けるべき労力と時間をも奪ってしまいます。

そのことは、私自身のためではありません。問題がこじれれば、私が仕える大臣にも無駄な労力と時間を強いて大きな迷惑をかけてしまいます。つまり、新たな仕事に着手する前に、先を読んで仕事の量を減らしておくということは、大臣の代わりに副大臣が実務については責任を負うということでもあるのです。私はこの自覚も持って1年間を過ごしてきました。

いずれにしても副大臣の1年間は、鉄鋼会社や保険会社でのサラリーマン経験、衆議院議員になってから野党時代に国会で多くのテーマについて質問した経験など、私のこれまでの経験が活きたと思います。これらの経験が政治家としての相当大きな蓄積になりました。この蓄積のお陰で副大臣として一定の見識に基づいて役所への指示や他の政治家との調整業務がきちんとこなせたと考えています。

今までの蓄積を消耗するのが副大臣の仕事

ところで、「地位が人を作る」という言葉がありますが、それは違うのではないでしょうか。米国のニクソン大統領時代のキッシンジャー国務長官が著書で次のように述べています。「指導者が経験を積むうちに深みを増すと考えるのは幻想である。指導者が高い地位に就く前に得た確信というのは知的な資本であり、その地位にとどまる間、この指導者はこの資本を消費することになる。指導者となれば沈思熟考している暇はほとんどない。彼は重要なことより緊急なことが絶えず優位に立つ、はてしない戦いに巻き込まれる」

副大臣になってみて、このキッシンジャー氏の言葉が身に染みて分かるようになりました。指導者ではありませんが、副大臣についてもやはり同じことが当てはまると思うからです。

副大臣時代は、朝起きても食事をするときも通勤のときも寝るときにも常に取り組まねばならないことが頭を離れず、ほとんど地元にも帰れずに皆さんの意見も十分に伺うことができませんでした。副大臣としてやはり判断を求められる時間が圧倒的に多かったのです。アウトプットの時間ばかりでインプットする時間がほとんどなかったため、日常の仕事に没頭して消耗し尽くしたというのが正直な感想です。

今、政府を離れたわけですから、これからは、まず、ビジネス用語で言い換えれば「ビジネス環境をどう認識するかのマーケティング」、政治用語では「現状認識」をしっかり捉え直すことに努めようと考えています。再び現場主義に立ち返り、地元の皆さんのお話もしっかり聞くと同時に世界の動向もキャッチアップして政策立案に邁進していきます。たとえば今、サハラ砂漠での太陽光発電が計画されたり、シェールガスという天然ガスが岩から取れるようになったりと急速に技術革新が進んでいるのですが、そうした技術革新を前提とした新しい課題を設定し、それに対する解決策を提示するというのが政治の大きなテーマであり政治家としての私の役目でもあります。

感銘を受けた鹿野道彦衆議院議員の言葉

最後に政治家は私心を捨てなければいけないと思います。

当選11回を誇る、鹿野道彦衆議院議員が今回、20年ぶりに農林水産大臣を引き受けました。首相官邸から大臣への就任要請を受けた際に、こうつぶやかれました。

「外国とFTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を結ぶためには誰かが覚悟して取り組まなければいけない」と。

日本国内にはFTAやEPAによって痛みを覚える人たちもいます。しかし、国のためにはあえて痛みのある政策をやらなくていけない場合もあるのです。痛みのある政策には困難が待ちかまえているでしょう。それに耐えても政策を実行するというのが「覚悟する」ということなのです。

政治家は、人から褒められたい、評価されたいという気持ちが強い傾向にありますので、虚栄心が勝ってしまいがちですが、政治家が私心なく仕事すれば役所も付いてきてくれるということも副大臣の仕事を通じて知ることができました。政治の失敗を官僚のせいにするのは、官僚を動かすことができない政治家の責任逃れに過ぎません。国家公務員を志望した人のほとんどは国のために何か貢献したいという志を持っています。私心のある政治家には官僚も本気では従いません。逆に言えば、政治家に私心がないと官僚も自分たちに不利な政策でも一生懸命にやってくれるのではないでしょうか。