【国会レポート】我が国の立ち位置を見直す【2016年8号】

2016年は21世紀のターニングポイントの年だったのではないでしょうか。6月にイギリスが国民投票でEU(欧州共同体)からの離脱を決めました。私はサラリーマン時代にドイツ駐在の経験がありますが、大陸ヨーロッパの人々には、ドーバー海峡の先のイギリスは大陸ヨーロッパとは異なるという感覚があります。にもかかわらず、理想や理念を掲げて、各国をEU(欧州共同体)に統合してきたのがこれまでだったとすれば、イギリスのEU離脱はその理念の政治から国民や地域が本来持っている土着性の政治に回帰しつつある時代を象徴していると思うのです。

麻生太郎氏が外務大臣のときに始めたのが、価値観外交でした。自由、民主主義、法の支配、自由貿易といった価値を共有する国々と外交をしようという考え方です。「バタ臭い」(西欧的な)概念ではあるものの、中国や中東などを含めた国際社会の秩序形成にとっては、この概念は必要だと思っています。

とはいえ、世界全体で見ると、価値観外交の時代も終わったのかもしれません。その表れがトランプ氏の大統領選勝利でしょう。つまり、前述の価値観あるいはイデオロギーによる国際政治の秩序形成から国と国との利害が激しくぶつかり合い、主導権(覇権)を争う時代に移ったのではないかと思うのです。

トランプ氏勝利を当てたベトナム政府

世界中の政治関係者でトランプ氏の勝利を予想していた人はきわめて少なかったのですが、大統領選の1週間前、ベトナム政府の要人と親しい私の友人から「ベトナムはトランプ氏が勝つと確信しているよ」と言われました。結果はベトナム政府の予想通りだったわけです。ベトナム政府は、ベトナム戦争の経験もあって、自国を守るためにアメリカの動向にはつねに神経を尖らせており、それでアメリカ政治についての情報収集および情報分析の能力が高くなったのでしょう。

一方、日本政府は大統領選ではヒラリー・クリントン氏が勝つという前提で動いていたようです。知り合いの役所の幹部も「トランプ氏が勝った場合の研究はしていなかった」と言っていました。この点からすれば、日本政府とベトナム政府との差は大きいのです。したがって、日本政府にもベトナム政府のように先を読める危機管理能力を身に付けることが強く求められます。

米国に追随していれば安全だということ

私は、明治国家の土台を作ったのは岩倉具視使節団だと考えています。明治4年、日本の指導者たちを含めた107人が国を空っぽにして、横浜港からサンフランシスコへ渡り、大陸横断鉄道でニューヨーク、ワシントンに行き、そこから大西洋を渡ってイギリス、スウェーデン、イタリアなどを回り、スエズ運河を経由して香港、シンガポールなど当時の植民地を見て明治6年に帰ってきました。

この時から日本人が日本の独立を自分で考え始めのだと思います。けれども、第2次世界大戦で負けてしまったため、戦後の日本は、妙な方針を立てると危ないと考えるようになりました。ですから安全保障については日米同盟と日米安保に徹してきたと思うのです。

1989年11月9日にベルリンの壁が崩壊して東西冷戦が終わってからも、米国が圧倒的な力(覇権)を持っていたこともあり、従来通り「米国に追随していれば安全だ」という方針で今に至っているのかなと思います。企業でもそうですが、業界で二番手というところは環境に順応してしまって、自ら考えることをやめてしまいがちになるのです。

現状を再確認し日米関係を強固にする

重ねて言えば、日本政府は日米安保条約を介して両国が確固たる同盟関係を維持していくことには疑う余地がないと考えてきました。それがトランプ新大統領の登場によって一変したと言っていいでしょう。

トランプ氏は選挙戦中から「不公平な同盟条約は見直されるべきである」とし、「アメリカが攻撃されても日本は何もする義務がないのに対して、日本が攻撃されたらアメリカは全力で助けに行かなければならない。片務的な合意である」とも主張しきました。不公平な同盟条約が日米安保条約を指しているのは言うまでもありません。ニューヨーク・タイムズ紙にも「日本や韓国が十分な貢献をしない場合に米軍を引き揚げるのか」と訊かれて、トランプ氏は「喜んでそうするわけではない」としつつも「イエスだ」と答えています。

しかしトランプ氏の発言は「日米同盟関係を現状のまま放置しておくのではなく、時代に応じたより良いものにするために日米で話し合おう」という提案だと受け取ることもできると思います。とすればトランプ氏の発言を受けて、日本は自国の立ち位置を改めて日米の同盟関係について自ら考える機会にすべきではないでしょうか。そのことによって日米関係をさらに強固なものにしていくことができると私は考えます。

ただしトランプ氏がツイッターを多用して発言していることには一抹の不安を感じます。最高権力者の発言は重く、修正できないものです。大統領に就任してからもツイッターが続けば、米国の役所も含め世界中がそのフォロワーにならざるをえません。一段と世界は不安定な時代に陥る恐れがあります。

キッシンジャーは、米中国交回復を成し遂げたニクソンについて「事前に十分な根まわしができていないと、いつも人に会うのをいやがった」と述べています。権力の行使には細心の注意が必要であるわけですが、逆に世界の最高権力者の奔放な発言は世界を大きな脅威にさらしてしまうということなのです。