【国会レポート】堅実志向の経営マインドには異次元金融緩和も効果はない【2016年4号】
今から25年ほど前、私が民間企業で輸出営業をしていたとき、ベトナムでドイモイ(改革・開放)政策が始まりました。その機会をとらえて、私はベトナムに調査に出かけたのです。当時、ホーチミン市(旧南ベトナム時代の首都サイゴン)が活気ある都市だったのに引き換え、ベトナムの首都ハノイ市はガソリンスタンドもなく、ガソリンを瓶に詰めて道端で売っているような田舎町でした。
しかし当時のベトナムの経済成長率は5%を超え8%に迫っており、国全体に活気がみなぎっていました。それで直感したのは経済成長率が8%に迫るような社会では、真面目に仕事をすれば製造業、農業、輸送業、金融業など分野を問わず、どんな仕事でも成功できるということです。と同時に、私が子供だったときの日本の高度経済成長期も同じだったのだろうと思い至りました。
資金は日銀と金融機関とを行き来するだけ
一方、現在の日本はどうでしょうか。低成長でデフレにも陥っています。ですから真面目に働いているだけで成功するというわけにはいきません。政治には正しい現状認識に基づいた効果的な政策が求められます。政府は政策にデフレ脱却を掲げて、特に2013年4月から日銀による異次元金融緩和に力を入れてきました。
異次元金融緩和は、日銀が国債市場から年間80兆円分もの国債を大量に買い入れることで、資金を金融機関に大量に供給する政策です。すなわち、異次元金融緩和には「金融機関に資金があれば、それが企業への融資に回り、企業はその資金を事業拡大等のために投入するはずだから、景気も良くなって経済成長が促される」という狙いがありました。ところが、現実はそうはなっていません。企業に投資意欲がないため、金融機関も融資を伸ばせず、したがって金融機関が国債を国債市場で売って得た資金もそのまま日銀当座預金として積み上がるしかないのです。
バブル期のトラウマで投資を控える日本の経営陣
ではなぜ、企業は借り入れを増やさないのでしょうか。私は企業経営者にバブル崩壊によるトラウマがあるからだと考えています。大企業の今の経営者はバブル崩壊時には課長や部長の役職にありました。私が係長であった時、まさに上司の方達です。彼らの会社の多くは、バブル期に新規事業のために銀行から多額の借り入れを行ったのですが、バブル崩壊後にはそうした新規事業がことごとく失敗に終わり、跡には多額の借金だけが残りました。そのうえ、毎日のように銀行から返済を迫られたため、二度と新規事業には手を出さないし、二度と銀行からの借り入れは行わない、と誓ったのでした。新規事業を手控え、無借金経営を目指すということです。要するに新規事業などでリスクを取る経営ではなく堅実な経営に徹したのでした。
そのお陰で内部留保が増えていき、日本企業は2008年に起こったリーマン・ショックも容易に乗り越えることができたのです。無借金経営を目指すことが経営的に正しいと証明された形になったわけですから、今の企業が銀行から資金を借り入れてまでリスクのある事業に乗り出すはずがありません。
また、バブル崩壊後の1990年代中盤以降、悪化した経営を建て直すために、人員削減にも取り組まざるをえませんでした。これはきわめて辛い仕事でしたから、人は二度と雇わないとも決意したのです。ですから、2000年代に入って政権が労働規制を緩和すると、企業は正社員から解雇しやすい派遣社員への切り替えを行ったのでした。
低成長時代にも効果のある政策を考える
以上のような日本企業の経営者のマインドを理解する必要があります。つまり、資金を大量に供給すれば経済成長が実現できた時代は終わっているのです。
異次元金融緩和でも低成長あるいはデフレから脱却できない以上、政治としてはもっと現実的な政策を考えなければなりません。そうすると、個人消費を増やすことが一つの解決策となります。なるほど政府は企業に対して賃上げを求めていますが、外国人株主が3割にもなっている企業の株主総会で外国人株主に賃上げを納得させるのは容易ではなく、逆に賃上げの余裕があるなら配当を増やせと要求されるでしょう。従って、外国人株主から人件費増について株主総会で質問された際に、「労働規制が改定され、賃上げに応じざるを得なかった」など、なんらかの説明できる根拠を政府が用意しておけば、賃金は上がることになります。政府の気合いだけでは、賃金が上がることはありません。
また、同じ仕事であれば、正規・非正規労働者関係なく同じ賃金でなければならないと言う同一労働同一賃金の実現も政府は目指しています。しかし日本では同じ正社員でも大企業と中小企業では大きな賃金格差が存在しています。つまり、正社員での同一労働同一賃金も実現していません。同一労働同一賃金の実現は、中小企業に負担を強いることになります。そして、産業構造そのものを変える衝撃があります。政府が、この問題に手をつけるとすれば、妥協せず本気で取り組んで頂きたいと思います。
そこで参考になるのがドイツの例です。ドイツでは工学部の博士課程を卒業した人が大企業ではなく中小企業に就職して、そこでイノベーションを起こしています。というのも、ドイツでは業種別の労働組合になっていて、同じ業種なら大企業だろうが中小企業だろうが賃金体系が同じだからです。要するに、それが企業間の人材の流動性につながっています。日本でも、同一労働同一賃金を目指すのであれば、ドイツのようなやり方も参考にしながら賃金体系を抜本的に見直す取り組みを提案したいと思います。