【国会レポート】なぜ住基ネットは稼働してしまったのか【2002年9号】

去る8月5日から住基ネット(住民基本台帳ネットワーク)が稼働しました。これは、すでに皆さんご承知のように、住民基本台帳に載っている国民全員に11ケタの番号を割り当ててコンピュータで一元管理するというシステムです。

住基ネットを推進している総務省は、「居住地以外の自治体でも住民票の写しが取得できる」といったメリットを強調していますが、逆に言えば、国民にとってその程度のメリットしかなく、むしろ国が個人のプライバシーを集中管理することや個人データが外部に流出することに対する危惧のほうが強くなっています。

マスコミも、そうした住基ネットの持つ問題点に気が付き、8月5日の稼働の直前になって大騒ぎし始めました。このようにマスコミの対応が降って湧いたようなものであってみれば、国民のほうとしてもまさに寝耳に水といった受け止め方になってしまったのも無理はないでしょう。

注目法案の蔭に隠れて成立

それにしても、なぜ住基ネットが稼働してしまったのか。ここに至るまでの経緯を振り返ってみます。

住基ネットの導入は、1999年8月13日に閉会した第145国会で成立した「住民基本台帳法改正法」(住基改正法)に盛り込まれました。小渕恵三首相時代の第145国会は57日間延長され計207日間にも及ぶ長期の国会で、138本もの法律が成立したのですが、この国会において焦点となったのは「周辺事態法案」(いわゆるガイドライン法案)「通信傍受法案」(いわゆる盗聴法案)と「国旗及び国歌に関する法律案」(国旗国歌法案)、そして、一連の中央省庁改革関連法案でした(結局、いずれも成立)。

特に「ガイドライン法案」「盗聴法案」「国旗国家法案」は世間の耳目を集め、マスコミを巻き込んで大論争が巻き起こりました。一方、その蔭に隠れるような形で国民やマスコミの注目をほとんど集めることなく、ひっそりと成立したのが住基改正法だったのです。それでも、住基ネット導入には個人データの流出が懸念されていたため、小渕首相は「住基法につきましては、(中略)別途、個人情報の保護のための法律案を企図しております。両々相まって、人々のプライバシーは保護しつつ、かつ、コンピュータがここまで発展してきた時代には、それにふさわしい行政のあり方もこれまた望ましいものだろうと思います」(第145国会終了直後の総理大臣記者会見)と述べていました。

小渕首相としても、住基ネットの稼働と個人情報保護はワンセットだと考えていたのです。つまり、個人情報保護法が、住基ネットの稼働前に成立することがそもそもの前提だったのですが、政府・与党が提出してきた個人情報保護法案は、いつの間にか報道規制にすり替わってしまっていたため、国民、マスコミ、野党の大反対で、いまだに成立していません。にもかかわらず、住基ネットの稼働を強行した政府の態度はやはり強く批判されなければなりません。

住基ネットの導入は政治の責任

それはそれとして、なぜ第145国会で住基改正法案が成立してしまったのか。大島も衆議院議員になって2年以上経ちますが、やはり国会というところはそのときの流れのようなものがあります。政府・与党は国会議員の数で野党を上回っている訳ですから、政府・与党が提出してくる法案を改正させたり廃案にさせるには、法案の問題点を国民にわかりやすく指摘し国民の関心を集めることで、改正・廃案の流れを作ることが必要です。

住基改正法案を審議した委員会の議員はそれなりに熱心に質疑をしたはずですが、それが国民全体の問題としてクローズアップされていかなかったのは、住基改正法案の廃案に向けて野党議員が一体となって取り組めなかったからだと思います。前回の「政治にパンチ!!」に書いたように、政治家は、この法律が通ったら市民たように、政治家は、生活がどう変わるのかについて想像を巡らせてその問題点を国民に訴えることができなければならないし、本質を見抜く皮膚感覚も持っていなければなりません。当時、住基改正法案の本質を国民に十分訴えることができなかったのは政治の責任なのです。

組織は組織を守ろうとする

ところで、この住基ネットには、総務省の官僚組織の意向が非常に強く働いています。個人データを中央で集中管理するというのは、今の地方分権への流れに逆行するものでもあるのですが、地方分権は、旧自治省を含む総務省としては組織の権限が弱まることにほかなりません。だから、総務省にとって住基ネットの推進は組織防衛という意味でも大きいのです。

大島はかつて鉄鋼会社の組織人として働いていましたので、組織人というものは官民の別なくまず組織自身を守ろうとするのはよく分かります。しかし、国家権力を背景としている官僚が官僚組織のことだけを考えて暴走してしまうと、その被害は民間企業の比ではありません。そこで、三権分立の原則の下に国会議員には、行政すなわち官僚組織の暴走を防ぐ役割と責任が課せられているのです。

今回の住基ネットには野党だけでなく与党にも反対する議員が少なくないのですから、議員がきちんと官僚組織を監視して暴走を防いでいれば、住基ネットの稼働にも歯止めがかかったでしょう。それができなかったのは、政府および与党幹部が官僚組織をコントロールするどころか、逆に官僚組織からコントロールされてしまっているからです。

官僚フォーマットを打破しよう

たとえば、ウインドウズのパソコンでハードディスクを使えるようにするためには、ハードディスクをウインドウズ用にフォーマットしなければなりません。それと同様に官僚は、政治家が用心しないと、政治家を官僚組織のために働いてくれるようにうまいこと変えてしまいます。つまり、これが官僚フォーマットです。官僚フォーマットされた政治家は、官僚組織にコントロールされる存在になります。問題の多い住基ネットがいとも簡単に稼働してしまったのは、政府および与党幹部が官僚フォーマットされているからなのです。

官僚フォーマットの政治を打破し、官僚組織をコントロールするためにはやはり政権交代しかありません。