【国会レポート】国の医療機関のモデルを目指す 国立がんセンターの取り組み【2011年1号】

必ずしも行政がやる必要のない事業を行政が行うとムダを生み非効率になりがちです。そのため、「民営化すべき」という意見も強いのですが、かといって、中には民営化が馴染まないものもあります。そこで、考案されたのが行政組織と民間企業の中間的な形態である「独立行政法人」です。つまり、独立行政法人は行政から独立した法人組織でありながら、国民生活に寄与する公共性の高い事業を行い、基本的に税金に頼らず独立採算で運営されるというものです。

私が2009年9月に内閣府副大臣に就任したとき、厚生労働省の所管だった国立がんセンターは翌2010年4月1日に独立行政法人へと移行することになっていました。何もしなくても国立がんセンターはそのまま独立行政法人になったのですが、当時の内閣府特命担当大臣は、改革を伴わないで独立行政法人になってもムダや非効率が解消しないのではないかと危惧したのでした。というのも、国立がんセンターは組織や財務、人事の面で多くの問題をかかえており、改革なしではそれらが温存されてしまう可能性が高かったからです。

そこで、このチャンスをとらえて、国立がんセンターをモデルケースに独立行政法人のガバナンス(統治)のあり方を検討することでナショナルセンター(国立高度専門医療センター)全体の改革も行い、本来の意味での独立行政法人にしようということになったのでした。しかも、政治の重要な役割はシステム作りにあるのですから、その具体例ともなります。(なお、ナショナルセンターとは、国立がんセンター、国立循環器病センター、国立精神・神経センター、国立国際医療センター、国立成育医療センター、国立長寿医療センターの6施設です)。

改革の中身を議論するために設置されたのが「独立行政法人ガバナンス検討チーム」で、事務局長に就任したのが私でした。以後、検討チームに内閣府、総務省、財務省、文部科学省、厚生労働省の副大臣・政務官のほか、病院の改革に携わっている医師、弁護士、公認会計士などに参加してもらい、事務局長の私が議長になって改革に向けての議論を積み重ねることになったのです。

議論は結論が見えない中でスタートした

しかし、日本のガン医療の中核である国立がんセンターを先進的な医療体制を担える組織に変えるというのは分かっていたものの、当初、それを具体的にどう実現するのか、皆目見当がつきませんでした。

私の議長としての仕事もその場のポイントをつかみながら議論に道筋をつけて行くという形になりました。私にとって19年間のサラリーマン経験が役に立ちました。組織のガバナンスやマネジメント(管理)、財務について、会社生活を通して、ある程度の知見があり、議論をリードできたのです。独立行政法人も民間企業と同じく独立採算で運営されますから、私の経験は今回の検討チームの議論と噛み合うものだったのです。

また、検討チームの議論に活かすために国立がんセンターの医師や医療スタッフ、職員に対してアンケート調査も行いました。国立がんセンターではきわめて士気の高い人たちが多く働いていたことが分かりました。

議論で打ち出された現実的で具体的な改革案

アンケートの結果、やはり組織のいろいろな改善点が浮かび上がってきました。一例を挙げると、見習いとして働いているレジデントと呼ばれる若手医師の給料が年収200万円程度と安かったことです。これではやる気が出るはずがなく、当然、検討チームで議論し、給料を引き上げる方向になりました。

議論の参加者に組織改革の経験者がいらしたこともあって、議論が成熟して、具体的で現実的な改革案がまとまっていきました。この改革案の内容は多岐にわたりますが、主要なものを挙げれば、650億円を超える負債の処理、縦割りで風通しの悪い組織の改革、硬直的な人事の是正といったことです。

負債処理では人材の効率的な配置や低コストでの機器調達のほか資産評価の見直しなどで対処することになりました。組織面では組織の再編と共に指揮命令系統の整備や横の連絡を密にできる仕組みの導入などを行うことになりました。人事では従来、厚労省主導のローテーション人事によって硬直化していたのですが、それを理事長の責任の下に専門性の高い人材を外部からでも登用できるように変更しました。

人事面で威力を発揮した公募システム

さらに、国立がんセンターのトップである理事長の選任を公募で行った点も特記すべきことでしょう。もともと私が内閣府副大臣として独立行政法人の責任者の公募システムを構築したのですが、これは、まず給与と業務内容を明確に示して公募し、その応募者を社会的経験の豊富な第三者の専門家が面接して複数の候補者に絞り、最終的に所管の大臣が1人を選任するという方式です。

この公募システムで理事長に選ばれたのが嘉山孝正氏(前・山形大学医学部医学部長)でした。嘉山理事長は目下、検討チームの改革方針をしっかりと国立がんセンターにおいて実現するために精力的な取り組みをいただいております。

今回の改革はこれからの国の取り組みにおいて必ず一つの手本になっていくと思います。

最後に付け加えれば、私が今回の改革を通じて痛感したのは、国立がんセンターは潜在能力が高いのにそれを活かしきれていなかったということです。しかし、これは政府機関、独立行政法人、民間企業に限らず、日本の組織全体に言えるのではないでしょうか。個々の人材の能力は高いし、設備や資金も充実しているのに、組織全体としてその能力を発揮しきれていないのは大きな損失です。組織の持っている潜在能力を引き出す才能を持った人材が組織のマネジメントをしっかり行うことはもちろん有用です。さらに、組織の力を最大限に発揮できるシステムを整えることができれば、日本の社会により深く貢献できるようになるでしょう。